花と花と花のくに【短編戯曲】

 

◎人物

 

 

◎舞台

細長い通路のような舞台、両サイドに客席。

 

 

 

《女が片方の端に立って花を売っている。男は反対の端で椅子に座っている。》

 

女 お花、いりませんか?……あの、お花、買ってくださいませんか?……買ってくださいませんか?

 

《男、立ち上がる。》

《女に近づく。》

 

女 あの、お花、いりませんか?お花…

男 これはこれは、美しいお花をみすぼらしい方が売っていらっしゃる

女 すみません、あの、お花、買ってくださいませんか?よろしければ……。おひとつからでも……。

男 続けて

女 え?……あの……

男 いつもどおりに

女 あの、お花、いりませんか?ぜひ……。きれいですよ、飾ったら……

男 ……

女 あの…

男 これは、どこの花ですか?

女 あ、はい。これが、(花の説明。すべて外国の花)

男 ずいぶん、珍しいものを売ってらっしゃるんですね

女 あ、はい。ありがとうございます

男 全部、いただきましょう

女 え?全部?

男 全部。あなたが、今、売ろうとしている花、全部私が買いましょう

女 あの、よろしいのですか?

男 この国にはほとんど花がありません。内陸国ですから海もない。かろうじて北のほうに縦長の林が広がっているくらいで、自然らしい自然はほとんど何もない。国一番の広葉樹林はジェームズ氏の庭園だという話です。嘆かわしい現状だと思いませんか?

女 あ、はい…

男 ……

女 あの、…そうですね

男 そしてこの国の女性はみな美しい。しかも美しいばかりでなく優しい。しかしきっと彼女らは花なんてものをほとんど知らないでしょう。…あなたは、自分に自信がないのに違いない。さもなければこんなほこり臭い裏通りで花を売ったりはしないはずだ。ただ、そんなあなたではありますが、花を売るという目的に関しては、成功したわけですね。今日のところは。いくらになりますか?全部で

女 あ、はい。えと…。200…840と1500と

男 2340

女 はい。あと、310と

男 2650

女 ありがとうございます。えと、400と。640円で

男 3690円

女 ですね。ありがとうございます

男 いえいえ、こちらこそ。私なら、そうですね。少なくともこれを5000円で売ることができます

女 あ、売るんですか?

男 ええ、売りますよ

女 あ、そうですか

男 がっかりですか?…(5000円取り出して)おつり、いただけます?

女 はい、お預かりします。…そうですね、少し、驚いてしまいましたけど

男 この国の女性はみな優しくて美しい。なぜだと思います?…はい、どうも。ああ、あの、籠ごと売っていただけませんか?

女 え、籠ごと、ですか?

男 ええ、もちろん籠も買い取らせていただきますが。1000円でどうでしょう?その籠

女 あ、でも、これは

男 大切なものですか?どなたかの形見とか?

女 いえ、別にそういうものじゃないんですけど、

男 あなたの付けているその髪飾りも、併せて買い取りたいのですが…。(1000円取り出す)これと、これを合わせて

女 え?これですか?

男 はい、そうです

女 えと、どうしてですか?

男 それも、大切なものですか?さっきのと合わせて6000円、決して損する話じゃないはずですよ。ご主人か、お母様か分かりませんが、喜ばれるんじゃないですか?

女 まぁ、そうでしょうけど。確かに

男 なんなら、このお金はあなたのものにしてしまったっていい。それくらい神様だって見逃してくれますよ。これで、なんでも好きな髪飾りだって買えますし、籠も新しいものにできますし

女 あの、よろしいのですか?そんな、価値のあるものじゃないんですけど

男 ええ、かまいません

女 あ、じゃあ

男 買い取らせていただいても?

女 はい。(髪飾りを外す)どうぞ

男 籠の、一番下に入れてください

女 はい

男 ……

女 ……あの、

男 この国の女性は嫉妬をしないそうです(客席を見回す)

女 はぁ(同じく見回す)

男 この国の女性はみな優しくて美しい

女 ええ

男 そして本物の花というものをほとんど知らない

女 そうですね

男 だから嫉妬しないんでしょうね

女 えっと、どういうことです?

男 どうされますか?そのお金

女 あ、はい。母に、あの、母が、お店のほうにいるんですけど、母にちゃんと渡そうと思います

男 ああ、そうですか

女 それが、一番いいですよね?

男 それは、あなたが決めることです

女 あの、本当にありがとうございました。母も喜ぶと思います

男 そうして、あなたは明日もここで花を売るわけですね?

女 え?ええ

男 そんな恰好では表通りで売るわけにもいきませんからね

女 はい。こんな場所では売れないってことは分かるんですけど、

男 しかし、意外と裏通りにも人はたくさんいますよ。意外と、見られているものですよ

女 え?そうですか?(見回す)

男 ね、そうでしょう?

女 いえ、そうでしょうか?

男 そして、全部売れるまで帰れない?

女 いえ、八時になったら帰ってもいいんです。夜は、やっぱり危ないから

男 今日は、少し早く帰れるというわけですね

女 ええ、おかげさまで

男 もし勇気がおありなら、少し表通りを通って帰ったらいかがです?今日は

女 え?それは、どうして?

男 いえ、なんでも。……では、またいつか

 

《男、振り向いて歩き出す。》

《男、客席の女性たちに「お似合いですよ」と言いながら花を配る。》

《配り終えると、部屋のドアから外に出ていく。》